About Us

震災直後、牡蠣漁師である友人の船から見た景色でそのスイッチが入った。

塩釜に生まれ、多賀城に住む僕は、それまで両方の地域をつなげて考えることができなかった。しかし松島湾に浮かぶ船上から見ると、塩釜も多賀城も、また七ヶ浜、利府、松島、東松島も、同じ湾の兄弟としてつながっているように見えた。それは、明らかに陸上では感じることのできなかった初めての感覚。

調べてみると、この湾全域が縄文時代からの製塩文化圏であるという。それなら、「湾」で連携すべきだと思った。合併しようというのではない。それぞれの歴史・文化・生き方を尊重しつつ、同じ方向を見ることが、これまでと違う新しい力を生むのではないか。

そう考えて行動し始めたら、湾域の仲間たちの輪が広がり、彼らとの交流を通して、自分の地域のことを学んだ。知るほどに、「湾」は僕らにとってかけがえのないものだということを確信していった。

僕らはそれから、「海辺の記憶をたどる旅」を続けている。

つながる湾プロジェクト運営委員会 津川登昭

CONCEPT

「つながる湾プロジェクト」は、私たちを育んできた湾域の文化を再発見し、味わい、共有し、表現することで、地域や人・時間のつながりをとらえなおそうとする試みです。

松島湾の沿岸には、現在6つの市町村*1があります。現代でこそ、私たちは「湾」をあまり意識せずに生活することができますが、これらの地域はずっと昔から、湾の地形、気候、風土に大きく影響され、互いに関わり合いながら暮らしを営んできました。

仙台湾の内湾である松島湾は、水深が浅く波が穏やかで、古代より豊富な海産物に恵まれています。狩猟採集を生業としていた縄文時代にさえ、数千年に渡り集落が営まれていた*2ほど、豊かな海です。藩政時代になると、伊達藩の年貢米を江戸へ運ぶ船で賑わい、明治時代以降も、鉄道網が整備される昭和初期まで海運の要衝でした。

松島湾は、世界へつながる海なのです。

  • つながる湾
  • つながる湾

2011年3月、海は私たちから多くのものを奪い去りました*3。しかし同時に、私たちが海のそばで生き、海に育まれてきたこともまた、変わらない事実です。これからを生きていくために、私たちは、この湾に育まれた地域の記憶をもう一度、呼び起こさなければいけないのかもしれません。

海から地域を見ることは、私たちに新しい視点を与えてくれます。自分たちのルーツに触れることで、それぞれの地域の歴史・文化を尊重し、お互いに認め合いながら、未来への大きなベクトルを描くことができるようになるのではないかと思っています。

この湾に生きるかっこよさを、海に囲まれた日本に生きるかっこよさを、
私たちと一緒に発見してください。

つながる湾
  • *1:東松島市、松島町、利府町、塩竈市、多賀城市、七ヶ浜町
  • *2:東松島市の里浜貝塚では、調査の結果から約6000年前から約2000年前まで4000年以上に渡り人が住み続けていたことが分かっています。
  • *3:2011年3月11日に発生した東日本大震災とそれに伴う大津波は松島湾沿岸部にも多大な被害をもたらしました。